2007年07月31日
感動の質
担当:こうたろ
「感動」というのは色々なことで体験出来ますが、その”質”というのは様々だと思います。
本を読んでの感動。
絵を見ての感動。
音楽を聴いての感動。
映画を観ての感動。
ゲームをプレイしての感動。
etc…。
本当に機会は色々あると思いますが、個人的には「感動させられる」というよりは「感動した」という方が、より深く印象に残ります。要は「感動する様に計算されたもの」というのではなく、「沢山の要素が重なり、その時の自分の心情に響いて震える」というものです。
自分が人知れぬ努力をして来たもの。それが報われる瞬間なんかがこれに当たります。しょっちゅう味わえるものでないからこそ、余計にそう思えるのかもしれません。
最近、TVゲームのプレイで、この感覚を味わうことが出来ました。
何と、以前ここでも話題にしました「THE IDOLM@STER」(バンダイナムコゲームズ)でです(笑)。
1つのゲームを長く遊ぶというのはそうそうありませんが、2007年1月25日発売以来、比較的コンスタントに遊んでいます。プレイ時間が読みやすく、結構気軽に遊べるというのも魅力です。
で、先日6周目のプレイが終わり(現在7周目)、一応登場キャラ11名(10アイドル)のプロデュースを終えることが出来ました。
ユニットを組む場合、その中でも1st.に置いているキャラの物語しか基本的には終わりを迎えることが出来ないということもあり、6周と言えどもキャラの掘り下げで言えばまだまだではあるものの、年間を通してプロデュースすることで愛着の様なものも感じ、何より育って行く様が実感出来るということで自分の中に積み重なるものはあると感じます。「攻略」という感じで例に倣ってプレイを重ねたのではなく、自分で学んで楽しんで来たというのも大きいでしょう。
そんな自分が「10アイドル」の実績を開け、エンディング曲「まっすぐ」を聴きながら、その余韻に浸っていると、間奏部分(というか2番のインスト部分)にプロデュースした11人から1人ずつ「ありがとう」の台詞が…。
それぞれの「ありがとう」を聞き、急にそれまでのプロデュース期間に感じた色々なことがこみ上げて来て、凄く胸が熱くなりました。こういう感動をまさかゲームで、しかも「THE IDOLM@STER」で味わうことになるとは(笑)。
恐らく、用意された物語で得た感動などは、観た人それぞれに割と等しい感動を導くと思うのですが、今回の様なケースは自分だけが持っている思い出に訴えかけて来るものであるからこその感動なんだろうと思います。
以前、同じTVゲームという媒体で似た様な感動を味わったのですが、それはエンディングテーマ1曲を聴いて、自分の過去の思い出を呼び起こすものがあったからでした。そのソフトは秘密にしておきますが(笑)、作曲者は岩垂徳行氏です。
「THE IDOLM@STER」の全実績解除をするには、まだまだプレイを続けなければなりませんが、ファン数を集めるプレイではなく、物語を楽しむプレイだったり、オーディションに勝って納得の行くプロモーションビデオを作り上げるプレイだったり、作業にならずに楽しめそうです。
それにしても、ここまで長く遊ぶことになるとは思わなかったですよ、本当に(笑)。
今日は、そんなお話。
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2007年07月26日
喧嘩と仲直り
担当:こうたろ
その昔、1975年から22年間で23作続いた「世界名作劇場」という番組枠がありました。私はこのシリーズが好きで、アニメーションを殆ど観ていなかった時ですら、そこそこ観ていたくらい気に入っていました。諸般の事情から幕が下ろされることになった時は寂しさを感じたものです。
現在、その「世界名作劇場」が放映枠消失から10年振りに復活し、「レ・ミゼラブル 少女コゼット」がBSフジにて放映されています。ご存知の方も多い事でしょう。
しかし、その本家として復活・放映されている「レ・ミゼラブル」に隠れて、実はより「名劇」らしい作品がNHK教育にて放映されているのをご存知でしょうか。
「風の少女エミリー」
それが、作品の名前です。
「名劇」の中でもお気に入りの一作である「赤毛のアン」の原作者L.M.モンゴメリの作品であることもあり、私の中では放映開始以来、毎週楽しみにしていた作品です。しかし、作品を観る時間がなかなか取れずに溜め込んでしまい、その結果10話も溜めてしまいました(汗)。
最近、忙しさの合間に出来たポケットがあり、日々僅かではありますが時間を取れる機会に恵まれたので、「エミリー」も含めて溜まっている作品を消化することが出来ました。その「エミリー」の中で、今の自分にタイムリーなエピソードが。
エミリーとイルゼ、喧嘩で始まった出会いですが、その後大の仲良し・親友になりました。他にも仲良しのペリー、テディが居て、いつも4人一緒。
そのエミリーとイルゼが、ちょっとした気持ちのすれ違いで大喧嘩。「絶交」と言うくらいに大きなことに発展します。
その間を取り持つのがペリーやテディではあるのですが、何より当事者であるエミリーやイルゼが仲直りしたいと望み、それぞれ自分の悪いところを認め、最後は仲直りする…という、どこにでもある子供の喧嘩と仲直りのエピソードです。
状況は異なりますが、ある意味同じとも言える今の自分…。
自分の中の「子供じゃないんだから」という気持ちと「大人であればこそ」という気持ちが混ざった感覚が、事を面倒な方向に運んでいる様に思えてなりません。自分から謝って事を収めることは簡単と言えば簡単。でも、いつも(自分から)場を丸く収めるばかりでは、根本が解決しない様な気がするのです。まるで全て自分だけが悪いみたいで嫌だ、というのもあります。
子供の頃の様に単純であれば簡単なのになぁ…(苦笑)。
でも、「エミリー」のこのエピソードを観て、羨ましく思ったのも事実。「あぁ。自分も状況回復しないとな」と感じたので、衝突した友人とは半年という期間を待たずに再会出来れば、と思いました(ただ、周囲も含め考えや気持ちなどが明確にならなければ、それも叶わないかな…と感じています。距離を置くことが解決への近道とは思いませんが、存在を認識する時間は必要ではないかと)。恐らく、「きっかけ」さえあれば、恥ずかしいくらいに簡単なことなのでしょうね…。
こういう事を繰り返し、重ねて理解を深めて行くことで、「友達」から「親友」になれるのだろうと、改めて思います。喧嘩の一度や二度で壊れる関係であれば、そこまでの関係なんだろうと。まぁ、今回の件を笑い話にするのは時間を置かないと難しいかもしれないけれど(笑)。
これまではきっと「親友」ではなかったのでしょう。
でも、それは悲観することではないと思います。
これから強固に築き上げれば良いのですから。
勿論、「可能であれば」の話ですけれど…。
今日は、そんなお話。
この「エミリー」のエピソード。エピソードとして印象深いのですが、作画的に一番酷かった(普段はかなりハイクオリティなので余計に)ことでも印象深かったりします(笑)。
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2007年07月23日
生活習慣と健康管理
担当:こうたろ
健康診断というのが年1回あります。
結果は毎年あまり良いとは言えないため、食生活や運動不足などについては年々気を付ける度合いが増し、10年前とくらべればある意味かなり健康に気を遣っていると思います。
「尿酸値が高い」という場合などは笑って「飲みすぎだ~」とか笑っていられましたが、今回出た検査結果は自分でも驚く結果になりました。詳細は言えませんが、「これだけ気を遣って来てこれか!」と唖然としてしまいました(汗)。
食べる量は減り、昔に比べれば運動をしている様に思えても、結果的には全然良くなっていない。かなり辛いですね…。
健康診断前日、不摂生はしていないのですが、結果的に18時間くらい飲み食い出来ないということから、夕食を結構満腹気味に食べたのが原因でこの結果が出ているなら良いのですが。一応、来月再度検査を行うことになっています。
丁度、毎週の様に飲みに行っていた生活(2年半も続いていた!)も、先日の友人との衝突以降、距離を置いていることもあって全く行っていないし、健康面では先月に比べれば全然問題が無いはず。
食生活も更に厳しく見直して実行しているのですが、もう食事が作業の様になってしまい、全然楽しくないですね…(涙)。これでも結果が悪く出たら、本当に根本的な改善を専門家を付けて実行するしかないかもしれません。まぁ、それで改善出来るくらい簡単なものなら良いのだけれど。
「健康」って、それ自体が幸せなことなんですよね。今更ながら。
今日は、そんなお話。
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2007年07月11日
トラスティベル ~ショパンの夢~
担当:こうたろ
2007年6月14日に発売されたXbox360用ソフト「トラスティベル ~ショパンの夢~」(バンダイナムコゲームズ)。久し振りに発売前に強く「楽しみ!」と感じたソフトです。ちょっとしたプレイレビューも兼ねて、ここに書かせて頂きます。
CMの作りや、XboxLiveでのムービー配信、体験版配信など、どれもが「名作」たる予感のするもので、期待は高まる一方でした。
実際プレイし、全ての実績を解除するまでの約1ヶ月を遊び尽くしたソフトですから、満足感はとても高いものです。しかしながら、「名作」には一歩及ばず、という感じであるのは少々残念に思いました。
以下、雑感を箇条書きにしてみます。
●グラフィックの素晴らしさ、キャラクターの魅力は特筆したい点。キャストも豪華で実力派揃い。それを宣伝文句にしていないのが良い。逆に宣伝していた森本レオ氏のナレーションが冒頭と最後の最後だけというのも…(笑)。
●音楽は作品の雰囲気に合っていて良い。しかし、あまり主張して来ない(テーマとなる一貫したメロディもない)ため、思った以上に印象に残らない。
●著名なピアニストであるブーニン氏が弾いている折角のショパンの曲を殆ど劇中で使わなかったのは、少々勿体無い気がする(使われ方は意外だったので、それはそれで面白いと思ったが)。
●戦闘システムは割り切り方が良く、かなり爽快に作られている。多少の難(移動時にスティックを押し込んで行動終了になってしまう/向きや距離が測りにくい時にボタンを押して、有効打にならないことが多々ある/忙しい割には多少単調さがあるので眠くなる…など)はあるが、マジックポイントの様な制約なくスペシャル技が使えるし、光と闇の特性も面白い。パーティレベルという考え方も面白い。
●ロードの早さは天下一品!いわゆるビジュアルシーンもゲーム画面であるため、全てがシームレス。カメラ固定マップ(自分で動かせないという意味で、完全に固定されていたFFVIIとは異なる)ではあるものの、思っているよりは遊びやすかった(何箇所かは、このカメラワークで難度が上がっていたが)。
●物語が割と小さい。後半の展開も速い気がする。ラストも個人的には「あり」だと思うが、少々難しい。私自身は理解したつもり(2回目のエンディングを観た時に良く分かった)。
●全てを楽しむ為に、最低2周しなければならないのは勿体無い。1周目よりも2周目の方が、大筋の物語を知っているのに面白かったので余計にそう感じる(難易度が高くなって、歯ごたえがあるものになったからではないはず。脇道のシナリオも完結するのは大きい)。
●ゲームの難度としては簡単な部類(2周目であっても)。特に意地悪な箇所も無いが、実績を全て獲得しようと思うとヒントがあまり無いので、必然的に全ての箇所を総当りすることになってしまうのは大変(少なくとも私はそうだった。その為、地理やマップをほぼ完璧に覚えてしまった。だからこそ、獲得出来た時は嬉しかったが(笑))。
などなど。名作たり得るポテンシャルは持っていると思うだけに、もう少しだけ頑張って欲しかったと感じます。色々な箇所で私が感銘を受けたRPGである「グランディア」を初めてプレイした時の様な感覚を味わうことが出来たので、余計にそれを感じてしまうのかもしれません。しかし、少なくともその「グランディア」の血を受け継ぐ「グランディアIII」よりは、十分に楽しめたと思っています(爆)。
物語的に続編を期待するタイプのソフトではありませんが、こういう良質のソフトが今後もXbox360で沢山出て来て欲しいと思うのは、恐らく私だけではないでしょう。それでも、ノリで購入してしまったXbox360が「持っていて良かった」と感じられる様になって来たのは大きな誤算かもしれません(笑)。
今日は、そんなお話。
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2007年07月10日
七夕
担当:こうたろ
7/7は誰もが知っている「七夕」です。
しかしながら、七夕だからと言って何を、という人も多いと思います。
短冊に何か願い事を書いて笹の枝に括り付けるなんて、恐らく小学生の頃にやったきりではないかと。
私自身、正にそう。
星空を見る趣味があるわけでもないので、天の川を毎年楽しみにすることもない。まぁ、何より都内の夜空ではそれ自体を綺麗に見ることは出来ないでしょうけれど…。
しかしながら、今年は7/7が土曜日ということもあり、急に思い立って鎌倉に行きました。
通算21回目ながら、七夕は(というより、夏場の鎌倉自体)初。
「七夕祭り」と称した催しをやるところを調べて足を運びましたが、昼近くまで残っていた雨のため、準備が滞っていたこともあり、予定通りの内容を見ることは出来ませんでした。
準備が完了するまでそこに居続けるのも何なので、他の場所へ移動。結果的に、その移動した場所で自分の中での「七夕祭り」が完結出来たので満足でした。
短冊絵馬に願い事を書き、舞殿の周囲に括り付けるというものですが、こういうこと自体が冒頭に書いた通り、物凄く久し振りだということもあり、ちょっとだけ照れ臭いものがありました。願い事は、勿論秘密です(笑)。

帰り道、鳥居に飾り付けられていた七夕飾りの中で、ちょっと「いいな」と思う飾りがあったので載せておきますね。不思議と心に染みるものがありました。
ちなみに、先に書いた「友人との衝突」。以前も衝突した際、次の休みに鎌倉へ足を運んでいたりします。自分にとって、気分転換の1つになっていることは確実なんだな、と改めて感じました。
今日は、そんなお話。
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2007年07月04日
友人との衝突
担当:こうたろ
今年に入ってから、例年に比べると人と衝突している回数が多い。これは物理的な衝突ではなく、意見なり、気持ちなりの衝突のことである。
原因の1つは自分にあると思うが、非は自分だけに無い(または自分には無い)というものが多い。自分だけが原因であれば素直に謝罪する。もう良い大人だし、つまらない事はいつまでも引き摺らない。それが人間関係を円満・円滑にする方策だと、これまで思って歩んで来た。
しかし、譲れないことやあまりに自分勝手な物言いには、これは当てはまらない。
以前はこれらの発言に関しても自分の中に入れて消化する努力をして来たが、最近は敢えて噛み付く様にした。それは、ちゃんと「嫌なものは嫌だ」ということを周囲に分かってもらうためだ。
今年に入って衝突している回数が多い友人が居る。もう10年来の付き合いで、ある程度どんな人間か分かっているつもりだった。親友と言えるものかもしれない。しかし、馴れ合いすぎたのか、相手側の心無い物言いが最近目立って来たと感じる様になった。
1回目はあまりに勝手な物言いと譲れない領域に土足で踏み込んできたから怒った。酒の席であったとは言え、こういう時こそ本心が垣間見えるというものであり、少なからず自分の心にしこりを残した。
2回目は表層的な気遣いとは裏腹に、ある種勝手な物言いに物凄く腹が立ったから怒った。気遣っている様な発言に含まれている内容は、寧ろ全然気遣っていない。「どんな偽善者だよ」と思った。別に気遣って欲しかった訳ではないのだが、私が自分自身の意思でそこに参加し、自分のなりの楽しみ方をしている中で気持ちを逆撫でされた。これは1回目の時よりも、怒りが大きかった。アルコールが入っていない席でのことなので、余計にそう感じた(アルコールが入っていれば何でも許される訳ではないが)。
「親友」という言葉がある。
知人、友人(友達)、親友。それぞれレベルの差はあっても、第三者から見れば同じに見える。そのレベルを判断出来るのは当人同士か近しい人であろう。私自身、知人は「知っているだけ」、友人は「交流のある人」、親友は「表層的だけでなく内面的にも理解し合っている人」という感覚で分けている。その認識は然程世間一般の認識から外れてはいないだろう。
そこで改めて考えてみる。
私はとても仲の良い友人は居ても「親友」と言える人はどれほど居るだろうか…と。
衝突している友人は私の事を「親友」と称したことがある。しかしながら、今回の発言は「親友と言う奴が発する言葉ではない」と思わせてしまうものであった。
急速に冷めた。
普段やり取りしていた掲示板も一切見なくなった。
これで疎遠になって、このまま会わなくてもいいや。そう思った。親友から知人への格下げとも言える状況である。
これが一時の感情なのかどうかは、距離を置いて確かめてみようと思う。
「ほとぼりが冷めるまで」という距離の置き方ではなく、「本当に必要とするか否か」という距離の置き方である。
先ずは半年くらい、距離を置いてみようかな…。
何の因果か、昨年「10周年」と称して当時の仲間と同窓会的なことをやった日と同じ日に起きた出来事。ある意味、丁度良い機会なのかもしれない。
今日は、そんなお話。